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孤影

  • 執筆者の写真: Rika Yamamoto
    Rika Yamamoto
  • 7月7日
  • 読了時間: 3分

​ わたしの机の上に、七年をかけて繰り返し読み漁った書物の山がある。

 サトクリフ、コーンウェル、ホワイト、ブラッドリーらの著した小説。古代ケルト民族と

その文化に関する研究書。斜陽のローマ帝国を襲ったゲルマン民族の大移動とサクソン人の

ブリタニア侵攻の推移を記した史書。そして六世紀前半に起きた世界的な寒冷化現象に関連

する文献。さらにカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」も加わった。

 これらの作業はすべて、古くからイギリスに伝わる「永遠の王」の姿を”AGE OF FLAME”

で作品化するためだ。探し求めているのは伝説の霧に包まれた、ひとつの孤影。これまでに

描いて来た“龍たち”の中で最も過酷にして無残な、暴力の時代を生きた者を描くことになる。

彼の名は英音でアーサー。おそらくは母国語であったラテン語発音なら、アルトリウス。

 時代背景を探れば探るほど、 彼の苦難に満ちた生涯が痛みと共に見えてくる。それは中世

以降に流行した、 キリスト教化され娯楽化された貴婦人向けのロマンスとは何の関係もない。

エクスカリバーもランスロットも聖杯も必要ではない。描くべきは彼が最後まで運命に抵抗

したこと。自分もその一人である「人間」を憎み、愛し、裏切られたこと。にもかかわらず

「誰かがやらねばならぬこと」のみに全存在を捧げたことだ。 彼は王だった。しかしその頭

に王冠はなく、座すべき玉座も持たなかった。富もなく領土もなくその生涯に安らぎは与え

られず、死ぬまでただ戦場にのみ、その姿は在った。

 この作品は「指導者とは何か」という問いを、わたしなりに解こうとする試みである。

 この時代のブリタニアを襲ったのは異常気象と飢餓と疫病、覇権国家であるローマの衰退

そして膨大な数の武装難民が引き起こした侵略戦争による民族的な憎悪、差別である。同様

の問題を人類は未だに解決することができていないばかりか、千倍にも増大させてしまった。

つまり「暗黒時代」は現在も続いているのだ。ならば、イギリスのみならず世界中で語られ

続けるこの古代伝説の本質を考えることは無駄ではないはずだ。例によって個人的な幻想に

過ぎないことはわかっている。 彼が実在した証拠はないという賢しらな指摘はどうでもいい。

そんなものは現代に満ち溢れている、「思考を放棄するための言い訳」に過ぎないのだから。

この伝説は暗闇の中でこそ生まれた理想の断片を懸命に伝えようとしている。それは文学で

こそ表現が可能な、「ほんとうのこと」にほかならない。

 いつからか彼はわたしの心の奥に、鋭い棘のように刺さっていた。 今ようやく、粗削りに

でも彼の偶像を刻み始めるその理由はまさに今、彼のような人間が必要とされているからだ。

世界の崩壊は片時も休まずに加速している。​理想は投げ捨てられ、幾十億というエゴが渦を

巻き、もっとも王に相応しくない者たちが権力を奪い合う中で、あまりにも多くの幼子たち

が無残に命を落としてゆく。ゆえにわたしは彼を、「永遠の王」をここに喚ぶ —— -Cleio-の

舞台の上に。かつて王であり、かつまた未来の王を。



2025年7月7日

‐Cleio-主宰 佐々木 総

 
 
 

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